
Amazonの取り組みから考える、ニューノーマル時代の歩き方。4つの事例が照らし出すもの
2022.06.24
小売店向け
2018.08.15
小売店向け
ShowcaseGig代表・新田剛史が実際に世界中で取材した店舗の省人化、無人化などの店舗デジタル化の最新動向やそれによってもたらされる消費者への利便性、企業が得られる価値、そしてデジタル化を加速させる新技術を解説する本連載。第3回目はアマゾン・ドッド・コム、ウォルマート、ベストバイのオフラインとオンラインをまたいだ会員制サービスの戦略を考察する。
会員数が全世界で1億人を超える米アマゾン・ドット・コムの有料会員サービス「Amazonプライム」。同サービスの会員は商品購入時の送料が無料になるほか、多数の音楽や動画コンテンツを見られるなど、さまざまな付加価値を提供することで顧客を囲い込んでいる。だが、アマゾンにとってプライム会員は年会費という形で収益を確保するためだけのサービスではない。アマゾンのIDを軸に、多様な角度から会員の生活に入り込み、抜け出せない状態を作りこむための戦略上、極めて重要なサービスと位置付けられる。
日本国内ではレジなし店舗「Amazon Go」など、アマゾンのテクノロジーを駆使した未来的なシステムにばかり注目が集まっているが、アマゾンの戦略の本質は会員戦略にある。昨今、強化するオフラインの売り場も、その会員戦略の延長線上にあるものにすぎない。オンラインから始まったアマゾンのサービスがハードウエアや実店舗との境界も超えて、驚異的なスピードで有料会員を増やしていく中、迎え撃つ小売り企業も会員サービスを拡充させ始めた。生き残りを懸けた会員獲得の競争が激化している。
Amazonプライム会員は実店舗でも優遇される。それを象徴するのが、アマゾンのお膝元である米国のシアトル近郊に開設された初の実店舗「Amazonブックス」だ。同社がオンライン書店として事業を始めた歴史を振り返ると、最初の実店舗が書店というのも不思議ではない。だが、開店した当初はその狙いは不透明だった。取り扱っている商材は当然、本が中心で、それほどアマゾンらしさは感じられなかった。出店の真意は分かりにくく、日本でも大きな話題にはならなかった。
筆者も2018年2月にこのシアトルの1号店に足を踏み入れた。日本でも本格販売が始まったスマートスピーカー「Amazon Echo」や、日本では未発売のタッチスクリーン付きスマートスピーカー「Echo Show」などのオリジナルデバイスが陳列されているあたりが、アマゾンらしさを感じさせるものの、ベストセラー本や書棚が並び、やはり一見するとごく普通の書店である。
だが、店内を見渡すと、いたるところに「先月はプライム会員価格は平均で30%の割引になりました」といった掲示があり、プライム会員がお得に利用できることが告知されている。またECサイトの「Amazon.com」もそうであるように、リアルの店舗でも日々、価格が変動している。本棚の脇に置かれた端末で、書籍のバーコードをスキャンすると、その本はプライム会員ならいくらで買えるのかといった“時価”が分かる。
店内の端末で書籍のバーコードをスキャンすると、プライム会員ならいくらで買えるのかが分かる
プライム会員であれば、そのメリットを最大限享受できるのがAmazonブックスの特徴だ。逆にAmazonプライムの非会員は、同店では突き放された気分になるだろう。Amazonブックスは、リアルにおいても店頭商品の価格差を突きつけることで、その会員サービスの価値を見せつけるための象徴的な存在なのである。
このようにプライム会員に向けたサービスは、オフラインにまで広がりを見せ始めている。さらに昨年1兆円で買収した、スーパーチェーンの米ホールフーズ・マーケットにもその戦略が及び始めた。ホールフーズの買収後1年ほどは店舗に受け取り用の「Amazonロッカー」を設置した程度で、目立った動きは見られなかった。
出典:iSTOCK
本格的にプライム会員との連携が始まったのは18年5月のこと。ホールフーズアプリにアマゾンの会員IDでログインして商品を購入すると、セール商品がさらに10%割引になるサービスが始まった。加えて会員向けには週替わり特売商品を用意。デリバリーサービスも拡充するなどして、ホールフーズの利用においても、プライム会員向けの利点を大々的に打ち出してきた。買収当初から、アマゾンがホールフーズとどのような事業のシナジーを生み出していくのかに注目が集まっていたが、ここに来てプライム会員戦略の要諦として活用し始めたと言えよう。
一方、同じ5月に新たな月額サービスを始めたのが米ウォルマートだ。同社はニューヨークの富裕層が住むマンハッタンとブルックリンで、月額50ドル(約5500円)を支払えば、スマートフォンのSMS(ショート・メッセージ・サービス)を送信するだけで、AI(人工知能)と連動したチャットボットやカスタマーサポートから返信がされて、欲しい商品を自宅まで当日中に配送してくれる会話形のサービス「Jetblack」を開始した。AIを活用した、未来型コンシェルジュサービスと言えよう。
さらに過去の購買履歴から、ウォルマートのバイヤーがお薦め商品をレコメンドしてくれるサービスも受けられる。まだエリア限定のテスト段階だが、年会費にすると約6万6000円とAmazonプライムよりも大幅に高く、また従来の低価格を売りにしてきたウォルマートの戦略とも一線を画しており、新しい領域への意欲がうかがえる。
また、家電量販最大手である米ベストバイもほぼ同じタイミングで月額制会員サービス「トータルテックサポート」を開始した。年会費200ドル(約2万2000円)を支払えば、ベストバイで購入した商品ではなくても、パソコンのセッティングや家電の設置の出張料が半額になったり、電話やメールでのサポートが24時間対応になったりするサービスだ。
出典:iSTOCK
今後、実店舗は単にモノを売るだけの場ではなく、来店客に向けてオンライン、オフラインを問わず会員向けサービスを訴求し、加入を促すことで囲い込む場としての活用が進みそうだ。米国では売り切り型から定期購入型へのビジネスモデルの転換が著しく進む。いかに安定的に収益を得られる仕組みを確立して、次の事業の柱に投資をしていくかがテーマとなっている。
日本国内では会員サービスはまだポイント制度どまりで割引サービスの域を出ていない。より自社の資産を生かし、消費者に支持されるサービスを打ち出せるかが「選ばれるお店」になれるかどうかの勝負のカギを握っていると言えるだろう。
執筆=新田剛史(Showcase Gig)
〉コラム第1回「QR決済は当たり前、アリババとテンセントが見据える未来」
〉コラム第2回「店舗の受け取りロッカーが人手不足を解消するカギになる」
〉コラム第4回「省人化から完全キャッシュレスへ、米国飲食業界のデジタル改革」
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