インタビュー

2019.03.28

オムニチャネル起点はオンラインID戦略にあり!【対談】奥谷孝司(顧客時間)×新田剛史(Showcase Gig)

小売業界に新たな顧客チャネルの創出が求められる一方で、海外と比べてオンラインを起点としたチャネルが広がらない日本。オムニチャネル化を推進するために、今、日本の小売企業にはどのような戦略が求められるのか?オイシックス・ラ・大地株式会社・チーフオムニチャネルオフィサーであり、株式会社顧客時間の代表でもある奥谷孝司氏を迎え、 Showcase Gig 代表の新田剛史とオムニチャネル化に必要な戦略について語ってもらった。

リアルなタッチポイントでのキャッシュレス化が重要

新田:去年の「DIG-IN」で、米国や中国ではスタンダードになっているネットで注文・決済して店頭で受け取る BOPIS(BUY ONLINE, PICK UP IN-STORE)の特集を組みました。約 1 年がたち、2019 年の軽減税率導入もあって、飲食業界ではこの領域が盛り上がってきているのですが、小売業界ではなかなか浸透していかない印象です。日本の小売業界のオムニチャネル化は米国や中国に大きく遅れを取り始めていますよね。

奥谷: そうですね。オムニチャネルを考える上で、まずポイントになるのがオンライン上の決済手段です。2018 年は、国内でも「キャッシュレス」があらゆる場所で話題になりました。EC は当然キャッシュレスですが、オフラインの世界をいかにキャッシュレス化していくかが重要ですね。先日ニューヨークのホールフーズ・マーケットを視察してきましたが、そこにはタブレット型の注文決済装置(Kiosk)が複数置かれ、ごく自然にキャッシュレス化された世界が広がっていました。ランチタイムなどは混み合うのですが、会計もスムーズで効率的だし、店員がお金に触れなくていいので衛生面でも安心です。

ホールフーズの最新フードコート。デジタル注文端末で複数種類の店舗での注文からキャッシュレス支払いが可能。

新田:僕も同じホールフーズのブライアントパーク店に行きましたが、Kiosk でスムーズに支払えることを売りにしていましたね。店舗設計に最初からキャッシュレス注文が組み込まれている。

奥谷: 日本では、まだそうした設計の店舗が出てきていないし、キャッシュレスでの支払いにポイントバックなどの明確なメリットを提示しない限り、「慣性の法則」が働くので消費者はどうしても現金を使い続けてしまいます。日本の小売業界にも現金支払いを重視する風潮がまだありますし。

新田:日本では「おもてなしの文化」を重視するから無人の支払いは抵抗があるのではないか、なんて意見を聞くことがあります。

奥谷: 消費者が求めているのは商品や店員との会話や、店舗における様々な体験なので、現金の受け渡しにおける「おもてなし」というか、一連のプロセスは重要ではありません。一方で、デジタルでの注文・決済にすれば顧客情報は蓄積できる。オンラインでの買物体験においてもコミュニケーションはもちろん、優れた買物体験は成立するし、オンラインツールを活用した店舗における買物体験は、今日も実現可能だと思うんです。小売業界は、従来の発想を転換して、オンラインでの決済基盤の構築や顧客へのマーケティングに動いたほうがメリットが大きいのではないでしょうか。

新田:ただ飲食・小売の専業企業がデジタルプラットフォームをすべて単独で開発するのはなかなか難しいと思います。Amazon のような資金力のあるデジタル企業は潤沢なリソースで「Amazon Go」みたいな店舗を実現できますが。国内でもインターネットエンジニアの給与がここ 5 年で 130 ~170%くらいになっていますし、有効求人倍率も 7倍を超えている。そもそも日本はデジタル人材の母数も少なく、集まりにくい。先日、ニューヨーク で 開 催 さ れ た NRF 2019 Retailʼs Big Show で は「Amazon GO」型の店舗を実現するための技術をさまざまなテック企業が出展していたようですが、日本企業も米国や中国のように、そうした技術を持ったスタートアップともっと組んでいく時代が来るのではないかと思います。

奥谷: 本当は小売の大手企業が、ウォルマートのようにテクノロジー企業をガンガン M&A するとか、もしくは出資するといった活動が、もっと活発にあってもいいはずなんですけどね。オンワードホールディングスさんが今年に入ってオンワードデジタルラボという子会社を設立しましたが、そういう動きがもっとあってもいい。Japan Taxi も行動データを分析して情報に価値をつけていく動きをしています。事業会社が自己投資でもっとテクノロジーに力を入れていく必要はありますよね。

無人コンビニとして話題となったAmazon Go。2019年のNRFでは同種の店舗を構築するための技術の展示が目立った。(写真:iSTOCK)

ID・会員情報はオンラインが中心でなければ意味がない

新田:国内の小売業界では一時期ネットスーパーが盛り上がりましたが、そこから進化が止まってしまった印象があります。ネットスーパーのようなデリバリーにしろ BOPIS にしろ、アメリカではオンラインサイト起点での購入が当たり前に行われているのに。日本ではECというとデリバリーのことだけ指すことが多いんですが、アメリカではデリバリーもピックアップも両方 EC と言われていている。ウォルマートではピックアップカウンターに長い行列ができていて、その解消のために巨大なロッカー(Pickup Tower)を設置し始めました。ウォルマート同様に日本の郊外のモールやホームセンターは広いので、ネットで注文しておいてピックアップしたい需要はあると思いますし、米国以上に駅ビルに人が集まる日本では省人化にもつながる BOPIS が現時点で浸透していないことも不思議なレベルです。なぜ日本の小売業界ではピックアップもデリバリーも弱いかと言うと、起点となる「オンライン ID」を軽視してきたからだと考えています。ウォルマート ID や Amazon ID みたいに規模感のあるオンライン ID を持っているところがない。

奥谷: まさにそうですね。オンラインへの投資の中でも、ネットとリアルの融合の鍵になるオンライン ID への投資が特に少ないです。既存のビジネスの延長から EC をやろうみたいな話はよくあって、「売上を上げるためのチャネル」へは比較的投資をするのですが。それを超える投資はしようとしない。企業だから費用対効果を考えてしまうのは仕方がないのかもしれませんが、入口であるオンライン ID の確保をしっかりやらないと。私は良品計画時代に「MUJI passport」を立ち上げましたが、「MUJI passport」だって売上に直接寄与するものではありませんよね。「今のままでも店舗にお客さんが来ているのに、余計な投資じゃない?」という考え方もできたわけで。

新田:実際に良品計画の現場でリアルとオンラインの狭間を見てこられた奥谷さんがそう言われると説得力があります。今、日本の小売店舗がピックアップカウンターを開放しても、オンラインID が弱すぎておそらく消費者は利用しないですよね。「ネット注文・店頭受け取り」を打ち出しているお店も増えてはきましたがまだピックアップカウンターはすごく奥まったところにあったりします。日本では、共通ポイントの乱立や事業ごとに個別の ID を持つサイトを立ち上げていたりして、投資も分散されており、一か所に IDを集約できている企業がすごく少ないと思います。結果として、デジタル戦略そのものが遅れて、すべて人力に頼る超アナログな国になってしまうという危惧があります。

オンラインでの注文時に送られてきたバーコードをかざすだけで、商品を受け取れるウォルマートのピックアップタワー。

強いオンラインIDでBOPISもECも可能に

奥谷: この図を見ればわかる通り、強いオンライン ID があれば、モバイルペイメントやBOPIS、EC、デジタル CRM といったものが全部つながります。オムニチャネル化は、このようにオンライン ID を中心に構築していかないといけません。しかし、ほとんどの企業は、中心となるオンライン ID を明確に定義しないまま個々にオンライン施策をやるから、全くバンドリング感がないというか、シームレスにならない。複数のチャネルを横断した購買体験を提供するのがオムニチャネルであるはずなのに、シームレスになっていない。みんな個々の施策をバラバラにやって、部分最適でつくっちゃう。見えるとこだけやってもダメなんですよね。

顧客が持つオンラインIDを基軸にさまざまな施策を展開することで、シームレスな購入体験を提供でき、顧客の囲い込みも可能に。

新田:米国の小売企業もかつては複数の ID を持つサービスを構築するなどして、試行錯誤した結果、今は極力ひとつにまとめてきています。例えば、Amazon は昨年から、買収したホールフーズで強烈な Amazon プライム加入キャンペーンを打っていますね。

奥谷: Amazon もここまで、あらゆる形で ID 登録のメリットを強烈に打ち出して、あそこまで伸びています。まさにホールフーズ・マーケットを見ても、Amazon プライム会員が割引などで圧倒的に優遇される仕組みです。Amazon はただリアル店舗を欲しかったわけじゃなくて、そこにAmazon ID を入れることで消費者行動の可視化と囲い込みができるから買収しているはずです。

オンラインIDへ投資する強い覚悟が必要

新田:日本のスーパー、モールにせよ、コンビニチェーンにせよ、月の来店客数を見たら膨大な顧客との接触数があります。年間の延べ数字だと数千万人、数億人という規模。インターネットで言ったらとんでもないトラフィックなわけで。ものすごいポテンシャルがあるはずなのに、もったいないですよね。強いオンライン ID さえあれば、ECでもデリバリーでもできるのに。人件費が高い日本は本来、米国同様に BOPIS で効率化を図るべきです。BOPIS は日本の労働人口問題を解決する有効な手段になるはずなのに、情報が少なすぎてみんな気付いていないように思います。

奥谷: ある百貨店がデジタル化を推進して失敗したという記事を先日見ましたが、それもオンライン ID にちゃんと投資していないことが原因で、パーツは揃っているのです。そのつなぎが弱いことに気づく必要がありますね。

新田:オンラインで消費者を囲えている前提でないと成り立たない海外の成功事例を、オンラインID への投資をせずに真似すると絶対上手くいきません。新しいことを「やっている感」は出せるかもしれないけど、絶対に実益には結びつかない。強い覚悟を持って大きな投資をした海外企業の事例を、そのままやろうとするから上手くいかないのだと思います。

奥谷: コンシューマー視点を持ってオンラインのチャネルを提供しようと思ったら、必然的にオンライン ID への投資は必要になります。オンライン ID へ力を入れないというのは、ちゃんと消費者に向き合っていないということです。日本の小売業界にもオンライン ID の重要性に早く気付いていただきたいですね。

Profile

奥谷孝司(株式会社顧客時間

オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員チーフオムニチャネルオフィサー、株式会社顧客時間代表。株式会社良品計画時代に「MUJI パスポート」などオムニチャネル化を推進。「世界最先端のマーケティング」著者。


新田剛史(株式会社Showcase Gig)

東京ガールズコレクション・プロデューサーを経て入社した株式会社ミクシィで数々のヒットサービスを創出。2012年、株式会社 Showcase Gig を設立。モバイルオーダー&ペイ、店舗省人化プラットフォーム「O:der」を開発・提供。

 

※この記事は冊子版「DIG-IN vol.3」に掲載したものです。
文=堀越大輔 編集=Showcase Gig

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