2020.12.15

飲食店向け

新御三家モンテローザ、ワタミ、コロワイドの発展から変化の時代へ【居酒屋歴史】

居酒屋産業はどのような歴史を歩み、現在へと至ったのか。本稿では、日本の居酒屋チェーン史から、そのあらましを振り返る。 後編となる今回は、バブル崩壊を契機に潮目が変わった居酒屋産業に着目。和洋折衷の幅広いメニューを提供する「総合型」から、特化したメニューに強みを持つ「専門店型」へとトレンドが移り変わった居酒屋産業。その未来を探っていく。

1.6兆円もの市場規模を持つ居酒屋産業は、日本独自の文化として戦後から拡大し、外食市場にその地位を確立してきた。80年代には居酒屋ブームが社会を席巻。「イッキ!イッキ!」が流行語となるなど隆盛を極めたが、その後は若者のアルコール離れなどにより、規模を縮小させつつある。

居酒屋産業はどのような歴史を歩み、現在へと至ったのか。本稿では、日本の居酒屋チェーン史から、そのあらましを振り返る。

後編となる今回は、バブル崩壊を契機に潮目が変わった居酒屋産業に着目。新御三家の発展と停滞から、その後の変化の時代へと迫っていく。

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居酒屋文化の発祥とは?旧御三家「養老乃瀧」「つぼ八」「村さ来」の登場【居酒屋歴史】

バブル崩壊で変わった潮目。旧御三家の低迷と、新御三家の台頭

(出典:iStock)

80年代以前、「養老乃瀧」「つぼ八」「村さ来」などに代表される居酒屋チェーンが強気の出店を進められた背景には、高度経済成長(54~73年)やバブル景気(86~91年)といった継続的な日本経済の発展があった。特に居酒屋ブームを迎えた80年代はバブルへと向かう頃で、出店すれば客が入り、粗利益率の高い酎ハイが飛ぶように売れる、店舗にとって理想とも言える時代だったようだ。85年にはそうした世相を反映するように、「イッキ!イッキ!」が流行語に選ばれた。

しかし、ひとたび景気が減速し始めると、繁盛を前提に拡大してきた居酒屋産業は、たちまち斜陽への一途をたどる。「つぼ八」「村さ来」の店舗数のピークが80年代後半であることに、潮目の変化を見て取れるだろう。以降、旧御三家の勢いは衰え、代わりに「モンテローザ」「ワタミ」「コロワイド」の新御三家が台頭した。ここからは、新御三家の沿革を振り返る。

テナントビルに一括出店する手法で2,000店舗展開に成功した「モンテローザ」

(出典:白木屋公式HP)

「モンテローザ」グループ創業者の大神輝博は75年、新宿・歌舞伎町にパブレストラン「モンテローザ」を開業した。同氏は、当時活況だった風俗業界のホステスに好条件のリターンを用意し、自店舗への同伴来店を促した。この考えが奏功し、数年で歌舞伎町内に3店舗を経営するまでとなったが、79年に第2次オイルショックが発生すると、しだいに常連客のツケが増え、集金に追われる日々を過ごすようになる。そのようなとき、近くの「つぼ八」を利用し、同チェーンの賑わいに触れたことが、居酒屋経営に傾倒するきっかけとなった。

83年5月、「つぼ八」とのFC契約の受け皿となる「株式会社モンテローザ」を設立。翌月には「つぼ八 中野駅南口店」をオープンした。大神は歌舞伎町時代に培ってきたノウハウや人脈を生かし、すぐに同店を繁盛させると、1年ほどで6店舗を経営する有数のフランチャイジーに。しかし、その後は出店スピードを巡るすれ違いから「つぼ八」との関係を悪化させ、85年には同チェーンのFCを脱退。経営していた6店舗を順次「白木屋」へと改名し、ここに居酒屋・新御三家の一角、「モンテローザ」グループが誕生した。

同グループは、86年の男女雇用機会均等法の施行からくる女性の社会進出を背景に、居酒屋として初めてドリンクメニューにカクテルを導入。若い女性客の支持を獲得するとともに、彼女たちに連れられて若い男性客も来店する人気の店舗となっていった。90年代に入り、バブルが崩壊すると、「つぼ八」「村さ来」の低迷をよそに出店ペースを加速させ、93年にグループ100店舗を達成。以降も勢いを落とすことなく、2002年には直営による1,000店舗展開を実現している。

「モンテローザ」は、丸々借り上げたテナントビルに自グループのブランドを複数出店するやり方で、コストの効率化とスピード展開を両立した。13年の2,000店舗達成以降はやや規模を縮小しているが、現在も全国47都道府県に1,640店舗を展開している。

「つぼ八」FCにルーツを持つもうひとつの新御三家「ワタミ」は、スキャンダルから苦境の道へ

「つぼ八」のFC店舗としてスタートした居酒屋・新御三家は「モンテローザ」だけではない。元参議院議員としても知られる経営者・渡邉美樹が創業した「ワタミ」もそのうちのひとつだ。同氏は、高校時代の同級生がもたらした縁で「つぼ八」の石井誠二と出会い、84年に「つぼ八 高円寺北口店」をFC店舗として買い取った。渡邉が経営を引き継いだとき、同店は月の利益が30万円ほどだったが、居酒屋ブームに乗じて成長し、1年後には400万の利益を上げる「つぼ八」FC有数の店舗となった。

渡邉は7年足らずでFC13店舗を経営するオーナーとなり、92年には自社ブランド「居食屋 和民(以下、和民)」1号店を東京・笹塚にオープンする。同店は、「八百八町」の創業者としてカムバックしていた石井の助けを借りて成功したが、このことがきっかけで「つぼ八」本部との関係が悪化。渡邉はFC経営に見切りをつけ、所有する店舗を順次「和民」へと転換した。

その後「ワタミ」は順調に事業を拡大。創業10年で株式公開を成し遂げたが、00年以降は、居酒屋市場の縮小と店舗の供給過多などから成長が停滞。既存店売上が前年割れに追い込まれだした。渡邉はこうした状況に対応し、メインブランドである「和民」を別ブランドへと転換。同時に、農業や介護事業、宅食事業といった外食以外のビジネスに活路を見出していく。

その一方、10年代には、ブラック企業大賞を受賞(12年市民賞、13年大賞)したことで逆風を強め、15年には00年の上場以来初となる赤字へと転落した。渡邉美樹の手腕によって成功の歴史を歩んできた「ワタミ」だが、近年はブラック企業のイメージが払拭できず、苦しい状況が続いている。

居酒屋企業から外食企業に。M&Aで拡大を続ける「コロワイド」

新御三家、最後のひとつは「コロワイド」だ。創業者の蔵人金男は77年、神奈川県逗子市で父親の会社が運営していた甘味処「甘太郎食堂」を居酒屋へと転換。全品220円均一の炉端焼き店舗「手作り居酒屋 甘太郎(以下、甘太郎)」を開業した。同店はすぐに評判となり、連日満員の繁盛店となったが、安い価格設定が足を引っ張り、思うほどは利益が上がらなかった。そこで蔵人は均一料金を440円とする大幅な値上げを敢行する。しかし、客足は衰えず、「甘太郎」は成功店舗となっていった。

蔵人は、逗子という郊外の都市で同店が成功したことに自信を持ち、81年末に2店舗目となる「甘太郎 大船店」をオープン。以後、居酒屋ブーム到来の影響を受けながら、次々と店舗を展開した。チェーン経営が軌道に乗ってからは、新ブランドの開発にも注力。「三間堂(和食居酒屋)」「デイ・トリッパー(カラオケダイニング)」「ラパウザ(イタリアン)」といったさまざまな業態が、同グループから生まれている。

「コロワイド」は、ファミリーレストランの方針を模倣したドミナント戦略と、セントラルキッチン・自社物流センターの設立などでコストを効率化し、02年の東証一部上場後は、低迷するチェーンを合併・買収するM&A戦略によって、さらに事業規模を拡大した。最近では、和食チェーン「大戸屋ごはん処」を運営する大戸屋ホールディングスを買収したことでも話題に。居酒屋・新御三家の一角である「コロワイド」は、外食産業を代表する一大グループへと成長した。

“総合型”から“専門店型”へ。居酒屋チェーン新時代の幕開け

(出典:iStock)

80年代以降、台頭した新御三家だが、3チェーンが居酒屋産業を牽引したのは90~10年代前半ごろまでだった。「モンテローザ」は13年に2,000店舗を突破したのち、16年末まで2,100店舗態勢で運営されたが、20年3月末までの約4年半で約500店舗を減らしている。「ワタミ」に至っては、15年に経験した上場以来初の赤字以降、ピークに90億円あった営業利益が10億円ほどまで落ち込んだ。唯一事業規模を拡大し、右肩上がりの売上高を記録してきた「コロワイド」も、営業利益ベースでは15年をピークに下降線をたどっており、うち居酒屋事業はその一部を担う程度にとどまっている。

そうしたなかで台頭してきたのが、専門店型の居酒屋チェーンだ。80年代前後に市場を賑わせた和洋折衷の幅広いメニューを提供する総合型から、特化したメニューに強みを持つ専門店型へと、居酒屋業態のトレンドは移り変わりつつある。

その代表格と言えるチェーンが、85年東大阪にて開業した「鳥貴族」だ。同チェーンは、焼き鳥専門・全品298円均一というわかりやすさを武器に着実に成長を続け、「鳥貴族 道頓堀店」の成功を契機に知名度を獲得。2019年末で全国650店舗を展開する人気チェーンとなった。創業当初はその価格設定から収益力の低さが目立ったが、軌道に乗ってからは08年のリーマンショック、11年の東日本大震災からくる不況も追い風となり、たちまち居酒屋産業の主役に躍り出た。「モンテローザ」や「ワタミ」といった同業他社も、不況を背景に低価格路線の業態を展開したが、創業時から独自の路線を貫いてきた鳥貴族との競争に勝てず、同チェーンのコストパフォーマンスを浮き彫りにする結果となっている。

その他では、エー・ピーカンパニーの展開する「塚田農場」や、SFPホールディングスの「磯丸水産」、「串カツ田中」などが、専門店型の居酒屋チェーンとして台頭。こうしたプレイヤーを中心に業界が再編されつつある。

コロナ禍の居酒屋業態、今後は?

(出典:iStock)

今後は、新型コロナウイルスの感染拡大にともなう需要減の影響から、業態転換、淘汰なども進むだろう。

居酒屋業態の主戦場は、大人数の宴会をターゲットにした繁華街から、家族や少人数グループをターゲットにした住宅地へと移り変わりつつある。テイクアウトやデリバリー、ECサイトなど、イートイン以外でどう売上を作っていくかも重要な課題だ。

歴史のはじまりから75年目を迎え、居酒屋チェーンは転換点へと差し掛かっている。新しい顧客ニーズにどう対応するか。激動の時代を前に、従来の手法にとらわれない柔軟性が求められているのかもしれない。これまでのやり方に囚われない柔軟性と、新しい顧客ニーズに対応する必要が出てくるだろう。

文=結木千尋
編集=Showcase Gig

 

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